福島県の中央部に位置する三春町。古くは城下町として栄え、春になれば日本三大桜の一つ「三春滝桜」を目当てに全国から人が押し寄せるこの歴史ある町に、異彩を放つ空間がある。

田園風景の中に突如として現れる、黒を基調としたモダンな外観。しかし一歩足を踏み入れれば、そこにはインダストリアルな骨組みと木の温もりが共存する、まるでニューヨークやポートランドの再開発地区を彷彿とさせるマーケットが広がっている。それが「BRITOMART(ブリトマート)」だ。

なぜ、三春という伝統的な町にこれほどまでに洗練された場所が生まれたのか。そして、なぜ訪れる人々はここで「自分を取り戻した」ような感覚に陥るのか。その魅力を3つの視点から紐解いていく。

継承される記憶 ―― 醤油工場から「文化の交差点」へ

BRITOMARTの物語を語る上で欠かせないのが、この場所が持つ「記憶」である。ここはもともと、地元で愛された醤油工場の跡地であり、その後はハーブ園として活用されていた場所だ。

現代の商業施設の多くは、効率を重視して「スクラップ・アンド・ビルド(壊しては建てる)」を繰り返すが、BRITOMARTのアプローチは全く異なる。かつての工場の面影を残す高い天井、むき出しの梁や配管、そしてどっしりと構えた建築構造。それらをあえて隠さず、デザインの一部として取り込む「リノベーション」の手法が取られている。

この「古き良きもの」への敬意が、訪れる者に安心感を与える。真新しいだけの施設にはない、時間の積み重ねがもたらす重厚さが、ここを単なるショッピングモールではなく、一つの「文化拠点」へと昇華させているのだ。

「ブリトマート」という名称自体、ニュージーランドのオークランドにある歴史的建造物を再生した再開発エリアから名付けられている。古いものに新しい感性を吹き込み、次世代へとつなぐ。その哲学は、この三春の地にも色濃く受け継がれている。

妥協なき「個」の集合体 ―― 5つの核となるショップ

BRITOMARTは、大きな一つの運営体が全てを管理するスタイルではない。それぞれに強いこだわりと哲学を持った「プロフェッショナル」たちが集まった、いわば職人の共同体だ。

1. FLAT WHITE COFFEE FACTORY(コーヒー)

エントランスを抜けて最初に漂ってくるのは、深く、香ばしいコーヒーの香りだ。ここは、コーヒー大国ニュージーランドのスタイルを日本に紹介した先駆者的な存在。 単に「喉を潤す」ための飲み物ではなく、豆の産地や精製方法にまでこだわった「サードウェーブ・コーヒー」を、三春の静かな空気の中で味わう。その贅沢さは、都会の喧騒の中での一杯とは一線を画す。バリスタたちが淹れる一杯は、この場所での時間を「特別なもの」に変えるスイッチのような役割を果たしている。

2. PONSONBY / Kerikeri(ベーカリー&スイーツ)

コーヒーの香りに誘われるように進むと、次は焼きたてのパンの香りが五感を刺激する。「PONSONBY(ポンソンビー)」のパンは、過度な飾り付けをせず、小麦本来の味を引き出すことに注力している。 併設されたスイーツコーナーでは、ニュージーランドスタイルのケーキや焼き菓子も楽しめる。地元産の果物を使ったスイーツは、福島の豊かな土壌と、異国の食文化が見事に融合した結果だ。

3. ガーデンレストラン SARARA(食)

BRITOMARTの「食」の根幹を支えるのが、このビュッフェスタイルのレストランだ。「身土不二(しんどふじ:その土地のものをその季節に食べる)」を地で行くスタイルで、提供される料理の主役は地元農家が丹精込めて育てた野菜たち。 驚くのは、その種類の豊富さと調理の丁寧さだ。肉や魚をメインにするのではなく、野菜そのものの甘みや食感を最大限に活かした献立。それは、現代人が忘れかけている「食べることは生きること」という実感を与えてくれる。

4. SPROUT(ボタニカル)

施設の奥へと進むと、緑豊かな空間が広がる。観葉植物や多肉植物、そしてセンスあふれるガーデンツールが並ぶ「スプラウト」だ。 ここの特徴は、単に「植物を売る」だけでなく、「植物と暮らす風景」を提案している点にある。三春の自然豊かな環境にあるからこそ、自分の部屋に置く一鉢を選ぶ際も、自然との距離感がより近く感じられる。

5. 各種セレクトショップ・家具(ライフスタイル)

さらに、家具やインテリア、選び抜かれた生活雑貨を取り扱うコーナーが、訪れる人の「感性の琴線」に触れてくる。有名ブランドを並べるのではなく、「作り手の顔が見えるもの」や「長く使い続けられるもの」を軸にしたセレクト。 ここで一つの器や家具に出会うことは、自分の生活スタイルをもう一度見つめ直すきっかけになるはずだ。

現代人に必要な「何もしない」という贅沢

BRITOMARTを訪れる人々を見ていると、ある共通点に気づく。皆、急いでいないのだ。

通常の商業施設であれば、目的のものを買ったらすぐに次の場所へ移動するのが一般的だ。しかし、BRITOMARTには「留まりたくなる」仕掛けが随所にある。テラス席に腰を下ろし、三春の移ろいゆく空を眺める人。広場で走り回る子供たちを眺めながら、ゆっくりとパンを頬張るカップル。

ここにあるのは、「消費の場」ではなく「共有の場」だ。

福島という土地は、震災という大きな困難を経験した。だからこそ、この場所が提供する「変わらない価値」や「確かな手触りを持つ生活」は、地域の人々にとって、そして遠方から訪れる人々にとっても、深い癒やしとなっているのではないだろうか。

また、BRITOMARTはペット連れにも優しい設計がなされている。家族の一員である犬と一緒に、心地よい風を感じながら食事を楽しむ。そんな「当たり前の幸せ」がここにはある。

三春という「地域」との共鳴

BRITOMARTが成功している最大の理由は、三春町という場所を無視せず、むしろその土地のポテンシャルを最大限に引き出している点にある。

三春には滝桜以外にも、多くの古い寺社や城下町の風情が残っている。BRITOMARTを訪れた人々が、その足で三春の町中を散策し、地元の老舗和菓子店に立ち寄る。あるいは、近くの三春ダム(さくら湖)で自然を堪能する。 BRITOMARTは、三春という町の魅力を再発見するための「ゲートウェイ(入り口)」として機能しているのだ。

私たちは何を求めて、ここへ来るのか

私たちがBRITOMARTに惹かれる理由。それは、そこにある「誠実さ」ではないだろうか。 一つ一つのパン、一杯のコーヒー、一鉢の植物。そこに関わる人々が、自分の仕事に誇りを持ち、嘘のないものを提供している。その空気感が、建物のヴィンテージな魅力と混ざり合い、他にはない磁場を作り出している。

利便性や効率ばかりが求められる現代において、BRITOMARTが提示しているのは「不便を楽しむゆとり」であり、「本物を見極める審美眼」である。

次に休日が訪れたら、時計を外し、スマホをポケットにしまい、三春の坂を登ってみてほしい。 そこには、あなたの感性を呼び覚ます「最高にちょうどいい日常」が待っているはずだ。

訪れる方へ

・混雑を避けるなら:平日の午前中がおすすめ。光が差し込む店内をゆっくりと散策できます。

・滝桜のシーズンに訪れるなら:非常に混み合うため、早めの時間帯を目指すか、あえてシーズンを少しずらして訪れると、BRITOMART本来の静かな魅力をより深く味わえます。

・ギフト探しに:ここでしか手に入らないオリジナルの焼き菓子や、センスの良い生活雑貨は、大切な人への贈り物にも最適です。

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